タマシイの鼓動

私達は今ここに、魂をもって生きている

意識の限界と、無意識の可能性 (1) 〜 いつか死ぬかもしれなかった私が、心理学とカウンセリングに救われた話 〜

私が暗い過去をもっているなんて、
きっと見えないんだろうなぁ。
 
なんて自分で思える程、
今はとっても元気な私ですが。
でも、
子どもの頃からずっとこうなわけではなかったんです。
今皆さんが知っている私の姿は、
以前の私と比べたら180度も、
ガラリと変わった姿です。
 
 

「意識の範囲内での癒しには限界がある。」

今回は、
自分自身の体験から切実にそう感じ、
また今やっている「インナーチャイルド&前世セラピー」を始める動機にもなった出来事についてお話します。
 
前回は意識と無意識についての説明をしました。
読んでいない方、
おさらいしたい方はこちら ↓ 。(^^)
 
 
私は24才で今の夫に出会うまで、
心から安心できる居場所がどこにもない、
ひとりぼっちな感覚でずっと生きてきました。
 
何故そうだったのか。
家庭環境のことを言えば、
虐待があったとか親が離婚したとか、
そんな分かりやすい事情があったわけではありません。
だから、
自分に何でこんなに大変な気持ちがあるのか自分でも分からなかったし、
勉強、運動、芸術何でもそこそこできてしまったせいもあって、
周囲に気にかけられることもほとんどありませんでした。
 
原因としてまず考えられるのは、
どちらかというと私からは鈍感に見える家族の他の人達対し、
私だけが色々なことを繊細に豊かに感じる方で(←敏感とか神経質とも言えますが)、
それを常に理解してもらえない感覚があったこと。
あとは、
一般的に変わり者が多いとか言われる3人兄弟の真ん中として生まれ、
やっぱり兄弟の中での立ち位置や居場所の確保が難しいとずっと感じてきました。
他には、
1つ下の弟が喘息で母親が弟につきっきりになることが多かったこと、
父の仕事がとても忙しかったことなど、
いくつか影響していたと思います。
 
死ぬことを実際に試みたことはギリギリなかったものの、
でもギリギリ。
今やらなくても、
いつかやってしまうんじゃないか…
そんな不安は中学生頃からしばらく続きました。
 
そんな私に訪れた大きな1つ目の転機は、
大学生の頃に知った、
心理学とカウンセリングです。
看護の学校だったので、
心理学については「精神看護学」「病態心理学」「発達心理学」という3つの授業があり、
けっこうしっかりと学びました。
初めて体験する心理学の授業はとても興味深いものでした。
まばたきもせず教授の話に聴き入り、
看護じゃなくて心理の世界へ今から方向転換できないか…と、
一時期本気で考えた程です。
そうして学びながら、
もしかしたら心理学の世界で今までの自分の身に起こったことを、
ひも解いていけるかもしれない!
ということにも気付き始めました。
 
私は「ただの出来損ないではない」ことを自分に証明するため、
毎日放課後になると学校の図書館に行き、
自分を知る手掛かりになるような「発達心理学」「病態心理学」や「カウンセリングの事例集」などを、
片っ端から全てと言っていいくらい数ヶ月間夢中で読みあさりました。
すると、
自分の家族のことが初めて客観的に見えてくるようになり、
それの何が私にとって悪かったのか、
今まで自分の身に起こった様々な心や体の不調が何だったのかが、
だんだん明らかになってきました!
自分の中ではノーベル賞ものの大発見をしたような、
興奮が湧き上がります。
学べば学ぶ程、
自分だけが悪かった訳じゃないんだ!と。
それを誰かに聴いてほしくて、
確認がしたくて、
間もなくスクールカウンセラーさんの所へと通うようになりました。
 
それから確か2週間に1回くらいのペースで、
スクールカウンセラーさんの元でカウンセリングを継続的に受けるようになりました。
最初の頃のカウンセリングでのメインは、
家庭環境や自分について自分で見いだした解釈が正しいかどうかの確認でした。
カウンセラーさんは背景にある詳しい話まで聴いてくれた上で、
私の解釈がほぼ正しいと強く言ってくれました。
そして今まで心理学という分野なんてほとんど知らなかった私が、
数ヶ月間で自分のことについてほぼ全て正しい解釈に辿り着いていたことも、
カウンセラーさんはとても驚きながら褒めてくれました。
嬉しかったなぁ。
 
カウンセリングはその後も半年以上続いたと思いますが、
今まで誰にも打ち明けられなかった自分の過去や本音をありのまま受け止め、
時には一緒に泣いてくれたカウンセラーさん。
それがどんなに私の支えとなったことか…。
カウンセラーさんは女性でしたが、
甘え下手で家族の中では充分に受け取ってこられなかった愛も、
その女性の中にある母性愛で少しずつ埋めることができるようになりました。
そうしているうちに、
生まれて初めて自分が
「存在していい」
という感覚が芽生え始めたのです。
 
このように、大学時代の心理学とカウンセリングは、
私にとって、
とても大きな意味のあるものでした。
この経験がなかったら、
「私は今頃この世に存在していなかったかもしれない。」
そう、
本気で思うくらいです。
 
ところが数年後。
あることが理由で再びカウンセリングを受けた時期がありました。
けれども今度は全く逆に、
カウンセリングの「限界」を切実に感じることとなったのです。
それについてはまた、次回に。
 
(続く)
 

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